美味しい商売(しかもエコでない)

「本は、購入した人の所有物ではありません。そもそも、太陽とか土とか水でできた紙を使ってできた本を、数百円払ったくらいで『所有』しているという考え方がおこがましい」とベストセラー作家が言い切った。

佐藤秀峰さんの本やマンガへの考え方について/岩崎夏海

「いったいあなたは何様?」って名指ししたい気分だけど、ここはぐっと我慢して(その人の本は買わないことにする)、作家が囲われている「美味しい商売(しかもエコでない)」を考えてみよう。

いつの時代からか、日本の書籍や新聞は「再販制度」(独占禁止法では原則違法)で「需要」と「供給」を無視して、「均衡価格」以上の「定価」(規制価格)を設定している。高いと思う人、安いと思う人もいるけれど、いずれも市場(消費者にも言い分がある)が決めているとは言いがたい。

出版に関わる新聞社、出版社、流通卸も、独占禁止法での「特例」という立場も忘れ、生産量も「私的便益」が優先、多めの供給も当たり前。利益優先、返本あり、廃棄(断裁)ありで、なんとも自分たちに「美味しい商売(しかもエコでない)」にしてしまった。

かなり美味しい商売の仕組みだったが、インターネットや携帯電話には勝てない。最近になって、売れない書籍が増えたり(不必要な本?)、書籍や新聞より「便利な代替品」(携帯電話?)が登場したりして、無競争で、何でも言うことを聞くはずだった消費者の嗜好が変化して、需要曲線の左シフト(減少)が起こってしまった。

当然、独善的ではあるけれど「独占的競争市場」である出版市場は需要と供給の関係から、「均衡価格(定価)の下落」と「産出量(出版量)の減少」を求める。(例の見えざる手です)とりあえず供給を減らしてしのいでみたものの、「代替品の威力」は想像以上に大きく、需要の減少→生産量の減少が続いて、どうにもならない状態になった。

一方、「再販制度」で守られていない外国では「新しい代替品」や「新しい流通」に対しても価格を市場価格に設定しなおしたり、書籍の電子化を新しい需要として取り込もうとしたりするけれど(嫌々ですが・・・)、日本の場合は「下限価格」(定価)があってままならない。

しかも、代替品(電子書籍?)は生産工程の中抜け(出版社も、印刷会社も、流通卸も)によって、産業構造の変革を起こす。こうなると、作家も、出版社も「美味しい商売」の維持に支障があるので、「既得権の鬼」となって「弱いものイジメ」をしたほうが「みんなの得」って考えになる。(本当に得なのかは分からない)

Googleやら、Amazonやら、図書館(何故か本を買わないのが気に入らない)やらを相手にうるさいことを言っていたものの、相手も簡単に負けはしない。それどころか、GoogleやAmazonはイノベーションの進行とともに問題を解決して、次第に力を付けて、だんだん逞しくなっていく。しかも、肝心の消費者が「便利な電子化」を求めるようになって、包囲されているのは自分達なのに、まだ気がつかない。

結局、「美味しい商売(しかもエコでない)」を大切にする日本では電子書籍が起こしているイノベーションを前にして、「何も出来ない」「何もしない」状態になってしまった。中途半端な機器(ついこの間撤退したアレ)や規格もダメだし、先行しているAmazonの機器はいつまでも日本の消費者では使えない。

情けないのは出版社の私利私欲を見抜けない作家とワケの分からない理屈で作家を利用している出版社。目の前にきている「電子化の世界」に前向きになれないのも、「美味しい商売(しかもエコでない)」の味が忘れられないとしか思えない。(何という欲深さ)

何年か前、再販制度の見直しの動きがあると「書籍が本屋から消える!」「街の本屋がなくなる!」「日本語の文化を守れ!」と業界上げて運動をしていた風景が蘇る。
だけど、結局、このまま電子化を受け入れなければ損をするのは誰か?
「既得権の鬼になっている出版社」も、「客を客と思わないベストセラー作家」も、「自分たちだけ消費税をのがれようとしている新聞社」も、みなさんとても損(機会損失もあります)をすると思うけどなあ。

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